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税理士・中小企業診断士 篠川徹太郎事務所

「原価計算基準」 批判

昨年からずぅ~と悩んでいて未だによく分からないのは、製造業におけるたな卸資産 (仕掛品および製品) の問題。

そのきっかけは、稲盛和夫さんの 「実学 経営と会計」 を読んではっとさせられたこと。

アメーバ経営において、原価計算による原価管理を行わない ・・・ (なぜならば) 原価計算で出てくる仕掛品や完成品の価値とは、それをつくるために費やされた費用の総計にすぎず、それを購入して使う客先にとっての価値ではない。 (したがって) 支出した製造費用から原価計算によって評価される仕掛品価値を差し引いて製造原価を計算するようなことはしない (のであり、その代わりに) 売価に着目して売価還元原価法にもとづき仕掛品や製品を評価することにしたのである。

会計上は、製造業について 「原価計算基準」 に基づいた原価計算を行うのが長年の常識であり、稲盛さんのアメーバ経営はこうした常識に真っ向から楯突いているようなものです。

原価計算基準」 は昭和37年に制定されて半世紀以上も経っているのに未だに一度も改訂されず、会計士試験や簿記検定試験の拠り所になっている誠に権威ある考え方です。それゆえ、「基準」 で定められた以外の方法をよしとするのであれば、会計人のはしくれとして、その根拠を示す努力はしなければならないと思う。

「連続意見書四」 では次のように言っている。

棚卸資産は、このように、支出の結果を表現したものにほかならない。 ・・・ 時価主義による評価を行うならば、一期間の損益が他の期間に帰属すべき損益によってゆがめられる結果がもたらされるのである。

これは、稲盛さんとは対極の考え方というべきでしょう。

思うに、たな卸資産についての考え方の相違なんじゃないかと思う。 この場合、取得原価主義と時価主義といった単純な二分法ではなく、たな卸資産を他から購入するものと自社で製造するものに分類したうえで、それぞれの性格について考えてみることが必要なんじゃないだろうか。

他から購入したたな卸資産について、原則として取得原価で表示することについて誰も異存はないだろう。

しかし、自社で製造した製品や仕掛品について、原価計算にもとづいて取得原価で表示するということは、現行の制度会計においては、製造間接費を期末たな卸資産に負担させるということであり、通常の場合、製造間接費の主たるものは従業員の賃金や減価償却費なわけだから、実質的には従業員の賃金や減価償却費をたな卸資産として繰り延べているに過ぎないということになる。 それは確かに 「支出の結果を表現したもの」 ではあるが、たな卸資産の価額として本当に適切なのかどうか、疑問を持つ人がいても当然であろう。

それならば、製造間接費を期末たな卸資産に負担させず当期の費用とすればよいという考え方も当然出てくる。この考え方は 「直接原価計算」 と呼ばれている。しかし、この場合の期末たな卸資産の価額は全部原価計算で計算したものより少額になってしまうので、確かにフェアではない。

ならば、「全部原価計算」 に対する唯一の合理的な代案として、売価還元法をもっと制度会計に組み込む努力をすべきではないだろうか。そのための指針として 法基通5-2-4 などではいかにも不充分であり、製造業における売価還元法の手順について明確にしてゆくべきである。

また、「基準」 にはっきりと書いているわけではないが、たな卸資産評価の手続きとして、継続記録法が棚卸計算法よりも上位のポジションを与えられていることも原価計算の考え方として特徴的だ。

「連続意見書四」 には次のような記載がある。

原価主義を具体的に適用するための評価基準、すなわち、取得原価基準に関して、企業会計原則は 「先入先出法、後入先出法、平均原価法等によって取得価格を算定することが困難な場合には、基準棚卸法、小売棚卸法等による一定の棚卸評価基準を採用することができる」 と述べている。

ここでは、一義的に継続記録法によりたな卸資産の取得原価を計算し、継続記録法によることが困難な場合には棚卸計算法(すなわち、実地棚卸) によるべきこととされているが、これは「基準」の考え方の至極まっとうな帰結であると思う。

最大の理由 (と思われる) のが仕掛品勘定であろう。原価計算における仕掛品は、直接費+製造間接費の予定配賦額の結果であって、各々の仕掛品について実地棚卸を行うことは原理的に不可能だからである。

しかし考えてみてほしい、 「仕掛品」 はあくまでも 「棚卸資産」 であって 「工場での加工の様子を描写するもの」 (高橋賢:「テキスト原価計算」) では本来はない。 その役割を担うべきは製造勘定である。この件に関しては過去の投稿を参照。 shinokawa-office.hatenablog.com

棚卸資産」 とは 「商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産で棚卸をすべきものとして一定のもの」(法人税法第2条二十) であるにもかかわらず、仕掛品について実地の棚卸が原理的に不可能であるというのは、いかにもおかしな話じゃないですか?!

さらに、原価計算における期末仕掛品の価額が、総製造費用から製品勘定に振り替えられた金額を控除した残額ではなく (そこには原価差異の問題が付きまとっている)、直接費+製造間接費の予定配賦額に過ぎないということ、すなわち期末仕掛品の価額が 「支出の結果を表現したもの」 ですらなく、予定配賦額あるいは標準原価などという数値にもとづいているということは、批判されて当然だ。 そんな数値にもとづいて経営などやってられるか!と稲盛さんは喝破したのだろう。

【「基準」の生い立ちについて】

諸井勝之助氏の 「わが国原価計算制度の変遷」 によれば、元々は軍需品を生産する民間企業に対して 「陸軍要綱」 ないし 「海軍準則」 にもとづいて原価計算を実施することが義務付けられ、その後昭和17年には内閣総理大臣東條英機 陸軍大臣東條英機 海軍大臣嶋田繁太郎の連名で 「原価計算規則」 が公布された。そして敗戦を迎え、アメリカ式の管理会計 (主としてテイラーの科学的管理法) の考え方なども取り入れたうえで、昭和37年の「原価計算基準」の制定に至ったというわけだ。

要するに、原価計算の考え方自体に、官へ納入する品物の適正価格の算定あるいは全体主義的な戦時統制経済における効率性の追求といった側面が色濃く刻印されている。 例えば、原価差異の分析において 「操業度差異」 といった項目がある。通常の工場管理者であれば実際の操業度が標準として定められた操業度を下回ることはマイナスの評価につながると考えることだろう。 そしてここに、作りすぎへの誘因が強く働くことになる。

全部原価計算の問題は、作りすぎによる過剰在庫が、損益計算上はプラスに働くといった点にある。

作りすぎによる利益は、言い方が適切かどうかわからないけど、投資信託の特別分配金みたいなものだ。 その利益の実態は、従業員賃金の繰延あるいは減価償却費のつけまわしによるものなのだ。

統制経済における価格決定に最適化された原価計算は、自由経済における管理会計の手法として不適切であるということだ。

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