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とりとめのないブログ・・・

税理士・中小企業診断士 篠川徹太郎事務所

ジョイスと安吾

ジェームスジョイスと坂口安吾を並べて、これはもうどうにもならない与太話なんだが、ジェームスジョイスには「若い芸術家の肖像」 ”A Portrait of the Artist as a Young Man" という、ものすごくよくできた自伝的小説がある。

大学1年の時の Book Review でこいつを選択し、えらく苦労しながらも何とかまとめ、それなりに良いものが書けたかと自惚れてはいたものの、二十歳やそこらの若者のことを書いている自伝的小説とはいえ二十歳やそこらの若者が論じるには明らかに荷が重く、ほったらかしになっていたものの、年末年始のまとまった休みに加えて肉離れという思わぬ援軍を得て、久しぶりに(初めて?!)通読してみた。丸谷才一氏の訳だ。

自伝的小説の常として、自我の目覚めというか己の道を突き進む決心をどのように描いているのか興味を持って読み進んでいたのだが、これがまるで坂口安吾でした。

世界の数多くの罠とは、世界がしつらえた罪の道にほかならない。ぼくは堕ちてゆくだろう。まだ堕ちてはいないけど、たちまちにして音もなく堕ちてゆくだろう。堕ちずにいることはあまりにむずかしすぎる ・・・
The snares of the world were its ways of sins. He would fall. He had not yet fallen but would fall silently, in an instant. Not to fall was too hard, too hard...

ジョイスはこのようにして、キリスト教カトリックから離反してゆく。

坂口安吾は 「堕落論」 において次のように言う。

戦争に負けたから堕ちるのではない。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ ・・・ 堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

ジョイスにとっての背教と安吾にとっての敗戦が、「堕ちる」 というコトバによって結びついている。 もしかしたらこのコトバは、20世紀最良の発見なのではないか、という与太話。

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